市長選終わる

 注目の愛知・名古屋のトリプル選挙、愛知知事選、名古屋市長選と市議会解散住民投票が昨日行われ、河村名古屋市長の圧勝での再選など既成政党の敗北は歴然としたものでした。とりわけ国政も含めて政治の沈滞感を打ち破りたいという有権者の意識がこの結果を導いたと言えるのではないでしょうか。対立軸を明確にできない国会論戦などは見る(聞く)に値しなくなりつつあると私も思いますし、既成の政治に対する抗議の意思表示のために一票を行使しようと思うのは当然でもあります。
 しかし、おそらくたぶん、有権者は全面的に支持、全面委任、というほど全幅の信頼をおいて見ているというわけではないだろうと思います。それは政権交代時の民主党に対する国民のスタンスもそうだったし、昨年の参院選での民主党敗北のときの国民の選択もそうだったでしょう。情勢をよく反映をしていると思うのです。余談の範囲かもしれませんが、名古屋ほどの大都市の市議会議員ともなると、地域の住民と密接に結びつきながら丁寧に議会活動を行っていて「妥当な報酬だろう」と思われるような議員は一体どれほどいるだろうと思ってしまいます。代議制、間接民主主義が機能できるようなシステムを、後退させずに発展させることで仕事をする議会、になれるというのであればよし、でしょうが。


 さて、厚木市長選。現職市長が再選を果たしました。特徴はやはり40.44%という投票率の低さでしょう。投票総数71,020票に対して有効投票数が70,310票、ですから有効投票だけでいえば4割を切っているという首長選になったこと自体をよく考えておくべきでしょう。新聞では「政争」という表現を使っていたところもありましたが私の周囲でも最後まで争点が見えないという声が聞かれていました。圧倒的に優位と思われる現職側に政党推薦が早々と決まり、4年前の選挙とは全く異なる政治構図になったことも含めて有権者にはわかりづらさとして受け止められた面もあるかもしれません。
 争点なき選挙。保守の因縁対決。今回はこの構図を断ち切る選挙にすることにはなりませんでしたが、今後の市政の中で繰り返されるこうした構図に代わりうる流れを作り出していけるかどうかがカギになるのだということは間違いありません。しかし、争点のない選挙ですら批判票が3万を超えるというのは驚愕でもあります。もしかりに市政の停滞を問題にするというのであれば、この理解に苦しむ保守の骨肉争う長い対立にこそその原因があるとなぜ気づくことがないのでありましょうか。

 敗れた石射前市議会議長は議長当時、率先して議会改革に取り組もうとした人でもあり、自治基本条例の論議でもおそらく議会内でもより熱心に研究していた人でもありました。異論をさしはさむ人もいますが、私は現職の政治的方向性、例えば協働の理念などに対してこだわりをもって議論をしようという姿勢は高く評価すべき議員の資質であったと私は思っています。議会改革の議論などについてはよほど先進性もあったと思っていますし。ただ、今回の市長選に私は大義を見出すことはできませんでしたが、その才を惜しむ気持ちを持つ者は少なくないとも思われ、私としては市長というのが当然とはいえ1人だけしかなれないが為に起因する無念だとも思います。