イスラエルはガザ攻撃をヤメロ!

 今回のイスラエルによるガザ攻撃は中東での覇権争奪の深刻化(パレスチナでの問題の複雑化?)と同時にイスラエル内部の支配権確立のためという側面があるのではないでしょうか。その一部と思われますがオルメルト暫定首相とバラク防相、リブニ外相の間には停戦合意の内容をめぐる相違があると伝えられています。しかし、いずれにしても戦争による被害者は一般の非戦闘員で、ガザ地区ではすでに死者が1000人を超えました。イスラエルは即時攻撃をやめ、停戦交渉を開始し合意への道へすすむべきです。
 民族や宗教の違いを乗り越えて平和を築き上げていくことは国際世界の最大、最重要なテーマです。憎しみの連鎖を生まないために、その鎖をどこで断ち切るのか、国際機関の実質的な役割は大きいはず。しかし、国連の停戦決議もアメリカは棄権をしたようで、まだまだ世界は一枚岩になれません。戦争が民族の悲劇をうむこともそうですし、軍事による支配が永遠ではありえない以上、軍事には軍事での抵抗を必要とするため不毛な非経済性を拡大し、利益を得るものと利益を奪われるものとの格差を作り出すことになります。貧困が地球上に存在し続けていて、解決する努力も大いに前進しているものの破壊もなお進んでいます。国際機関の充実は、非軍事部門を中心に実行力を持たせることを具体化させてほしいものです。軍事力の行使は国際機関の、国際的なシビリアンコントロールの保証の上でのみ成り立つ話でしょう。
 国際社会の課題解決のためにも、日本の政治はもっともっと成熟しなければなりません。


 なお、海賊問題についても、貧困問題が背景にある以上、根本的な解決を図る方向性を持つべきです。8日の読売新聞1面に、塩野七生さんの意見が掲載されていて興味深かった。司馬遼太郎氏のいわゆる司馬史観も私は大好きですが、権力を獲得した後の政治に焦点を当てた塩野氏の歴史書も私の愛読書になっています。「困窮する国の無法者やテロリストを抑えるには、正当な経済援助しか結局は有効ではない。そこに日本の出番もある」など、当面する外交姿勢としては私は受け入れられる方針だと思います。「米国の覇権時代は終わったような気がする」として「覇者たる帝国なき時代。それは世界を律する政治意志なき時代であり、中世のような無秩序への逆行を意味する」と歴史を重ね合わせて触れています。
 私は、恐れ多いですが、困窮する国の無法者や云々というあたり、その定義がそもそも論ですが視点が異なっていまして、困窮する国に無法者が生まれるのは必然であるから、抑えつける以前に困窮の解決を優先することが必要だと言いたいのです。
 しかし「ベネチア共和国のように、キラリと光る国になってはどうか」などの提言も面白かったこの記事には、いろいろと考えさせられました。