あれから2年

niginigi32013-03-11

 東日本大震災、2年を経過して日本の政治の変わらなかった点を総括してみると、問題は何も複雑ではないことに気付かないでしょうか。一部にはやたらと複雑な問題だと誇張というか、想像しているように見受けられる説があり、私は困惑しています。

 問題は、困っている人本位ではない政治。

 あの時から、そこは何か変わったといえるのでしょうか。
 そのことに自信を持って答えることができないごまかしを、政治が繰り返している。人々(おもに被災者)は、そのことに気が付きながら今、現実を甘受しているのではないでしょうか。期待していいのか期待してはいけないのか。

 
 今日は環境教育常任委員会を議会控室にて傍聴。

 いろいろと申し上げたきことあれど、ここでは意味をなさないので機会をとらえて。中間処理施設については私は、金田での「延命」を支持しましたし、縦化をするのであれば現状では優位性があるのは間違いありませんが、ただ、クリアするために私が課したい宿題もあります。今の行政に、果たしてそれが可能かどうか、はなはだ難しいため、私もずいぶん提案を躊躇していました。

 遠まわしに言いますと、自治基本条例が制定されても、ごみの処理一つ、市民の知恵と力で解決できないようでは自治なんてほど遠いなあということです。形だけなのね、ということ。

 画像は本文とは関係ありませんが昨日の「煙霧」の天気記号。珍しい記号です。


■資料請求

 先日の私の一般質問(3月1日)で、職員が必要以上の評価や点検などの管理・手続き的な部分で仕事量が増えているのでは、というような趣旨の発言をしたのですが、質問終了後、ある議員から「職員の負担になっているのは議員の資料請求では」というような意見を言われました。

 議員は、質問する際に、事前準備等で資料集めをします。職員から聞いた話をメモすることもありますが、数字に関わることなどはやはり確実に資料を求めることが望まれると思われますので、私は資料を求めます。期待する資料がない場合は職員と調整して作成を求めています。そうしたやり取りの中で、相互に知りたい中身を共有したり、市民サービスの向上に結びつく案に出会うこともあります。「調査なくして発言権なし」、という言葉もあるように、事前の調査は議員の必須業務である(公務扱いにはなりませんが)と言えます。
 

 さて、資料請求のせいで職員が大変、という論ですが、私は、資料請求は議員の仕事の一つなので全く問題がないことと思いますが、どれほどのものかと事務局に一応念のため調べていただいたところ、平成24年度で現在のところ221件の申請があり、私は43件。

 そうなのかー。多いわけね。

 でも私以上に61件、というのもありました。上位はその他、28件、15件、15件、13件、と続きます。これって、個人情報かしら。名前は出さなければいいでしょう。出してもいいのかな。まあ、議会活動のスタイルは固定化していませんから、そんなことで波風立てることは目的外、ですが。資料を作らないでいいですよ、ということで職員に恩を売ることがそれなりの効果があるということでもあるのかな、いやいやそれは穿った見方というべきでしょうか。


 いずれにせよ資料請求した以上、その分、しっかり役にたてなければ、という気持ちにはなります。

 私は、以前は議会での資料請求だけではなく、自ら情報公開制度に基づく請求も何度か経験しています。議会請求と異なり、文書が存在しているかどうかがまず問題となり、公開対象かどうかがさらに問題となります。議会の議員資料請求は、作成を求めることができる点で、職員に負担となるのはこちらも十分承知しています。市民生活の向上へと結実させることなしに、その負担や苦労が報われることはないと言えます。私の質問の本来の趣旨も、市民サービスに十分時間が取れるように、その他の業務を制限すべきでは、ということでした。市民から見ると、職員の働きは非効率的に見えるわけですからもっと配慮をしていかなければならない、そういう話なのでした。 

(そういえば、いつ頃からかはっきりしませんが資料請求した資料に「請求目的に沿って適正に使用すること」という赤いスタンプが押されるようになりました。発行する際に責任のある部、たぶん文書法制課かな、が押しているんでしょうか、これも資料請求乱発に対する一応の制御、の狙いでしょうか)